vol.2 半夏瀉心湯

[漢方とは]医師が語る 忘れがたい漢方
vol.2 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
今津 嘉宏 先生

治療法のない病気

今から約20年前、ぼくは食道がんの治療を専門とする外科医として、病院で働いていました。
ぼくは大学で学んだ最先端治療を地域の患者さんへ積極的に活用することを心がけていました。
それまで発見することができなかった早期食道がんを特殊な方法で見つけることや切除不能な状態の患者さんを薬物と放射線を組み合わせることで、患者さんをがんから助けることが仕事でした。
しかし、最先端治療には、予測のたたない合併症や治療法のない副作用がつきものでした。
たとえば、がん化学放射線療法の副作用のひとつである「口内炎(こうないえん)」は、ほとんどの患者さんが経験するものです。
ただでさえ精神的苦痛で食欲がないところへ、さらに薬剤の副作用のために食欲がなくなります。この二重の苦しみに追い打ちをかけるように出来る口内炎は、三重苦となる口の中の痛みを伴います。
当時の口内炎の治療法は、塗り薬か、局所麻酔ぐらいしかありませんでした。これでは患者さんの苦痛を取り除くことが出来ませんでした。
治そうと頑張れば頑張るほど、患者さんを苦しめてしまうがん治療。治療法のない病気を医師が自らの手で作り出してしまうジレンマ。苦悩の日々が続きました。

がん治療と漢方医学の出会い

患者さんに大きな犠牲を強いる治療に、ぼくはおおいに悩みました。
それまで救うことが出来なかった病気を最先端治療で治すことができる喜びと合併症や副作用に悩む患者さんを救えない苦しみの間で、ぼくは、なんとか新しい活路を見いだせないかと日々、考えていました。
そんなとき、漢方医学に注目しました。
患者さんに負担を強いるがん治療とは、全くベクトルの異なった領域の知識を得るために、漢方医学の勉強を始めたのです。
がん治療が攻めの治療とすると、守りの治療である漢方医学をうまく組み合わせた治療ができれば、患者さんを苦しめないですむと考えたからです。
ぼくは、慶應義塾大学病院漢方クリニックの共同研究員となり、勉強を始めました。

口内炎が治った

調べてみると、漢方薬で「口内炎」が保険適応になっているものがありました。
それは、「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」、「黄連湯(おうれんとう)」、「茵ちん蒿湯(いんちんこうとう)」です。
ぼくは、これらの漢方薬をひとつひとつ、試してみました。すると、驚いたことにがん化学療法を受けている患者さんの口の中に、口内炎ができにくくなってきました。
これまでどんな治療をしても治すことができなかった口内炎を漢方薬が治してくれたのです。
しかし、漢方薬がどうやって作用して、口内炎を治しているのかについては、しばらくの間、ブラックボックスのままでした。
最近、北海道大学の河野透(こうのとおる)先生が、「黄連(おうれん)」という生薬に含まれるベルベリンが、口腔粘膜の潰瘍を早く治す作用があることを報告されました。
江戸時代よりも前から経験的に使われてきた漢方薬の作用が、最先端科学によって解明され、理論的に漢方薬を使える時代がやってきました。
河野先生のおかげで、いまは、がん化学療法による口内炎や放射線治療による粘膜障害の治療に、この「黄連(おうれん)」が含まれる「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」が積極的に使われるようになりました。

口内炎には、半夏瀉心湯を

がんの患者さん以外にも、口内炎が治らない方が多くおみえになります。
「口内炎」には、必ず「黄連(おうれん)」が入った漢方薬を使うようにしています。
速効性があり、西洋医学では治すことが出来ない症状を確実に改善してくれるすばらしい効果を発揮してくれます。
いろいろな病院やクリニックで治療を受けてはみたものの、よくならないと「駆け込み寺」のようにぼくの外来へおみえになります。
そんなときには、科学的に証明されていなくても、漢方医学的に診断ができる病気は、迷うことなく漢方薬で治療するようにしています。
そしていつか、かならず科学がブラックボックスを解明してくれると信じて。

プロフィール

今津 嘉宏 YOSHIHIRO IMAZU

藤田保健衛生大学医学部卒業。外科医として約25年間、慶應義塾大学病院、南多摩病院、霞ヶ浦医療センター、東京都済生会中央病院などで診療。
外傷治療から、食道がんの内視鏡治療、手術や抗がん剤、放射線治療など、さまざまな治療に取り組む。
また、麻布ミューズクリニック前院長時代には、女性の不調を丁寧に診察し漢方薬による保険診療を行う。編著に『がん漢方』(南山堂)など多数。

芝大門 いまづクリニック

〒105-0012 東京都港区芝大門1丁目1-14
TEL:03-6432-4976
http://imazu.org/