vol.1 十味敗毒湯
何をやっても治らない大人ニキビ
私と漢方薬の出会いは、研修医時代にさかのぼります。
大学5年生のころからでき始めた大人ニキビ(吹き出物)に悩み続けること数年…。
鏡を見るたびに、アゴから首にかけて赤く腫れて膿を持った吹き出物が気になって、みんなの視線が私の顔の下半分に注がれているような気がしてなりませんでした。
何度も皮膚科を受診して、塗り薬や抗生物質を使った治療を受けても治らず、自分を苦しめるこのやっかいな居候と闘うために、ありとあらゆる化粧品から健康食品の類まで、およそ考えられることは何でも試してみました。
そんな涙ぐましい努力にもかかわらず、鏡を見るといつもの場所にまた新しい噴火口ができていて、いけないと解ってはいても、いつの間にか手でいじってしまう毎日。
何をやっても治らないこの厄介者に手を焼いて、もはや逃れられない運命と半ばあきらめかけていた研修2 年目のある日のことです。
「お医者さまにすすめるのはどうかと思ってずい分考えたんだけど、だまされたと思って漢方薬を試してみませんか?」というお誘いを受けました。
漢方できれいに! 周りでブームが起こるほどに
お話をいただいたのは、古くから漢方薬局を営まれる家のお嬢さんで、ご主人様が皮膚科のドクターで漢方薬を出されているとのこと。
「漢方薬なんて、そんな怪しいものが効くとは思えないけれど、せっかくのご親切だから」と、何の期待もせずに受診して処方していただいたのが、私と漢方薬との初めての出会いでした。
それから3か月後、職場の看護師さんたちが入れ替わり立ち代り、私の吹き出物が治った理由を聞きに来て、静かな漢方薬ブームが巻き起こってしまったのですから、その治り様には、驚くべきものがあったに違いありません。
人生を変えた漢方薬
私の人生を変えたこの漢方薬は、「十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)」という、いかにも毒を打ち負かしてくれそうな頼もしい名前で、桔梗(ききょう)・柴胡(さいこ)・ 川芎(せんきゅう)・茯苓(ぶくりょう)・樸樕(ぼくそく)・甘草(かんぞう)・荊芥(けいがい)・独活(どくかつ)・防風(ぼうふう)・生姜(しょうきょう)の10種類の生薬からできている薬です。
「十味敗毒湯」が創られた歴史としては、まず外科医・華岡青洲(はなおかせいしゅう)が、中国の古典『万病回春(まんびょうかいしゅん)』にある「荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)」をもとに、日本独特の生薬・桜の樹皮(おうひ)を使った「十味敗毒散(じゅうみはいどくさん)」という薬を創りました。ちなみに、この華岡青洲は「通仙散(つうせんさん)という経口(口から飲む)全身麻酔薬を創って、1804年、世界で初めて乳がん手術をしたことで有名な日本の外科医です。
さらに、幕末から明治にかけて活躍した医師、浅田宗伯(あさだそうはく)が、桜皮(おうひ)を樸樕(ぼくそく)(土骨皮)に変えるなどして創った処方が「十味敗毒湯」で、『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』(浅田宗伯の著書で漢方の先人の診断や治療について書かれた本)が原典となっています。
皮膚疾患に有効
十味敗毒湯は、私のような大人ニキビだけでなく、アトピー性皮膚炎、湿疹、じんましんなどの皮膚疾患に有効なことが多く、私が漢方を専門とするようになった現在でもよく使う薬のひとつです。
皮膚疾患は、場所によって人目が気になったり、かゆみや痛みをともなったりすることも多く、皮膚科での治療としては、抗アレルギー剤や抗生剤、ステロイドを含む塗り薬などで対処することが多い病気ですが、西洋薬だけでなく、ぜひ漢方薬という選択肢があることを知っていただければ嬉しいです。
渡邉 賀子 KAKO WATANABE
久留米大学医学部卒業。熊本大学第三内科に入局。1997年、北里研究所にて日本初の「冷え症外来」を開設。2003年、慶應義塾大学病院漢方クリニックにて女性専門外来「漢方女性抗加齢外来」を開設。慶應義塾大学医学部漢方医学センター非常勤講師、麻布ミューズクリニック院長・名誉院長を経て帯山中央病院理事長。医学博士・日本東洋医学会専門医・指導医。
医療法人 祐基会 帯山中央病院
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