vol.6 補中益気湯
研修医で感じた葛藤と漢方との出会い
医師になった私は意気揚々と外科、内科、救急と研修を開始しました。ところが、学生時代に勉強した通りに診断・治療をしても、患者さんは必ずしも元気にならないという現実にまもなく突き当たります。
特にがん患者さんでは、手術・放射線・化学療法といった一般的な治療を行っても、その副作用に悩む方が多く、その出方も患者さんによりさまざまである、というのは衝撃的でした。これまで勉強してきた西洋医学は、患者さんを治療もするが苦しめもするのという葛藤に悩みもしました。
ちょうどそんなとき、漢方セミナーのチラシを見つけ、「漢方でも効けばラッキーかな」と当時は軽い気持ちで顔を出してみました。
しかし、講師の先生の話を聞いてビックリ。漢方では患者さんひとりひとりの状態に合わせて治療方針を変えられ、またさまざまな症状をひとつの漢方薬で治療できることもあると言います。
私はドキッとしました。「私の感じていた葛藤を解消してくれるのは漢方かも」と直感したのだと思います。私の祖父が薬剤師として漢方を勉強していたことも、なんとなく運命的に感じ、私は漢方を勉強する道に入りました。
元気をつける処方「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」
漢方の勉強を始めて間もなく、指導医の渡辺賢治先生の外来に陪席していると、何人ものがん患者さんが受診されていることに気がつきました。
患者さんは大きく2通りの目的で漢方外来に受診されます。
ひとつは、がん治療に伴う副作用を抑えるため。もうひとつは、治療後の体力増強や再発予防のためです。
そして、その双方にしばしば処方されている漢方薬が「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」でした。がん患者さんは、がんそのもの、そしてその治療のために全身のだるさを訴える方が少なくありません。このだるさを目標に「補中益気湯」は使われています。
動物実験では免疫のバランスを整える作用が、がん治療後の患者さんでは全身倦怠感(だるさ)を改善する作用が、報告されています。
だるさに効くといっても、栄養ドリンクのようなその場の気力を出す薬とは違って、「補中益気湯」は自然に元気がついてくる、という効き方をします。
またの名を「医王湯(いおうとう)」
「補中益気湯」は「中(お腹)を補って元気を益すお湯(薬)」という意味を持つ処方で、13世紀に李東垣(りとうえん)という医師によって創られた処方です。
日本でも江戸時代に広く用いられるようになり、その幅広い働きから別名「医王湯(いおうとう)」とも呼ばれました。
だるさのほかに、風邪をひきやすい、食欲がない、汗が多い、風邪のあと微熱が続く、といった症状、また自己免疫疾患や脱肛などの内臓下垂まで、多岐に使われます。
腸の一部が足のつけ根の皮膚の下に出てくる鼠径ヘルニアの患者さんに、これも内臓下垂かと考えて「補中益気湯」を処方しました。するとその後、ヘルニアが出なくなったという経験をしたことがあります。これには、患者さん以上に私が驚きました。
西洋医学との併用で患者さんを元気に!
漢方薬だけでがんを治療することは残念ながら不可能であり、手術療法・化学療法・放射線療法といった標準的ながん治療が軸となることは言うまでもありません。
しかし、がんの治療中やその後に出現するさまざまな症状を「補中益気湯」をはじめ、患者さんに適した漢方薬によってサポートできれば、より元気な状態でがんに立ち向かうことができると考えています。
これは、がんに限った話ではありません。
「病は気から」と昔からいうように、元気であること、病気に立ち向かう気持ちも漢方では重要とされています。西洋医学と漢方医学の両方を上手に使って、これからも診療していきたいと思います。
有田 龍太郎 RYUTARO ARITA
慶應義塾大学医学部卒業。日本内科学会総合内科専門医、日本東洋医学会専門医・指導医、日本漢方生薬ソムリエ(中級)。
共著『治療 特別編集 先生,漢方を鍼灸を試してみたいんですけど……』(南山堂)
共著『論より証拠の漢方処方』(日本医事新報社)
東北大学病院 総合地域医療教育支援部・漢方内科
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